ギフトの知識
日本と世界のギフト事情を調べてみたら NO.3
『母の日』

〜 世界の国で最も多く行われるイベント、それが「母の日」 〜

依然として猛威をふるうコロナ禍で、今年の5月9日に「母の日」を迎えますが、いまの状況では、贈り物や離れて暮らす母親へのプレゼントも昨年同様に距離をおいた母の日になりそうで残念ですね。

あっ、この母の日の前にゴールデンウィークの5月5日に「こどもの日」もありますね。実はこの「こどもの日」は、母の日にも通じるところがあるのですよ。

こどもの日は、男子の健やかな成長を祈願する“端午の節句”でもありますが、国の祝日法によると「子供の人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」という内容なのです。ですから5月は“お母さんに感謝する日”が立て続けに2回もあるのです。世のお父さん、「こどもの日」にお子さんにも「お母さんに感謝!」をしっかり伝えてくださいね。

さて、本題!!

ところで、このお母さんに感謝を伝える日の「母の日」って慣習や呼び方などは違えど多くの国で制定されていおり、その起源を探ると日本の母の日は“アメリカ”から伝わった風習なのです。

ご存じでした?・・・「気にもしていなかった」ですかぁ。実は私もです。(笑)でも調べてみたらひとりの女性のお話や国によっては神話などから由来していたりと、その由来や歴史、宗教観(ここ大事です)は違えど、最終的には“母親に感謝”で共通なのです。世界的に母の日はすごいイベントの日なのです。

母の日は「アメリカ」が発祥の地

調べていて興味深いのが母の日の由来や起源。

母の日の創設者と言われる「アンナ・マリエ・ジャービス」

本筋とされているのがアメリカ/ウェストヴァージニア州に住むアンナ・ジャービスという女性が亡き母(アン・リーブス・ジャービス/以下ミセス・ジャービス)を追悼するため、1905年5月9にフィラデルフィアの教会で「生きている間にお母さんに感謝の気持ちを伝える機会を設けるべき」ということで母親が好きだった“白いカーネーション”を配ったのが始まりといわれています。

このアンナの母、ミセス・ジャービスは牧師と結婚し1858年に母の日仕事クラブ“Mother`s Day Work Club”を結成して、地元の子供の教育や病気で苦しんでいる人たちを支援するために募金活動をしたり、南北戦争中も南北双方の兵士や地域の人々を招き、お互いに敵意を持つことを止めさせようとする平和へのイベント「Mother`s Friendship Day」(母の友情の日)を開催したりと、社会活動にも献身的に働いた女性だったのです。当時としてはまだ女性の社会的立場が弱い時代でありながら社会への正義を貫いた活動的な女性だったともいえます。後にこの活動が南北統一の力になったと言われています。

そんな女性の社会的地位の向上や、平和への偉業活動を行っていた母を尊敬し、慕い、母亡くなった日に白いカーネーションを捧げ、配りました。このアンナの活動が広がり、1914年に当時の大統領ウィルソンが公式の国民の休日に制定しました。

ここから少し余談になりますが・・・アンナの悲しい人生の後半がはじまります。

しかし、母の日が国民の休日になると花屋やカード会社、他の小売業者などがその人気を利用し、母の日は商業化されていきます。本来アンナが思う母の日は、この日に“白いカーネーション”を身につけ、教会の礼拝し、母親を訪ねることが目的だったのです。確かにアンナはこの母の日の知名度を広げるため、最初は花業界にも協力しましたが、この慣習がどんどんビジネスとして一人歩きした訳です。

そのため、アンナは母の日の休日の商業化を非難し、彼女の人生の後半は母の日の“花”、“カード”、“キャンディー”の購入をやめるように社会に訴えかけたのです。そのために彼女は「母の日」という名前を使用したグループに対して数え切れないほどの訴訟を起こし、最終的には彼女の個人的な財産のほとんどを法定費用に費やしたそうです。

彼女は1948年に亡くなるまで、この母の日の休日を完全に否認し、国民の休日から削除されるのを見るために政府へも積極的に働きかけたそうです。彼女の強い母への想いがつまった「母の日」のために、人生を翻弄され苦しんだのです。なんだか切ないですね。

こんな背景を知ってしまうと、母の日は“母への感謝・敬意”を通じて「女性の社会的地位の向上」、「平和への願い」、「子供の正しい育成」など、少しでも考えてみる日になるといいですね。

次に母の日のもっと古い起源を調べてみたら、やっぱり宗教的な背景が・・・。

「母の日=母神」を敬う歴史や宗教的背景も

やはり欧米のホリデーイベントは、神話や宗教的なことが背景となっていることが大半のようですね。

この母親を祝う風習も、母の女神“レア”と大地の母神“キュベレー”に敬意をあらわした祭りを開催した、古代ギリシャとローマにまでさかのぼることができます。ただ今回調べていて、祭りの日にちがわからなかったのですよ。

次に最も現代の母の日へのつながりがあるのは「マザリングサンデー」として知られる初期のキリスト教の祭りです。この祭りは、かつて英国とヨーロッパの一部で伝統的な祝賀の日になり、四旬節(復活祭の46日前)の第4日曜日におこなわれ、元々は信者が彼らの「母教会」、つまり故郷の近くの主要教会に訪れる時期になっていました。

やがて「マザリングサンデー」の伝統は、より世俗的な休日に移行し、子供たちは母親に花やその他の感謝の印を贈る慣習に変化しました。この慣習は1930年代から1940年代までみられましたが、最終的にはこの「マザリングサンデー」の慣習は薄れ、米国の「母の日」に統合されていく国と、そのまま四旬節の「マザリングサンデー」に沿っておこなう国にわかれていきます。

次は日本の母の日について。

最初は日本の「母の日」は3月だった

日本に「母の日」が最初に伝わってきたのは、キリスト教の慣習として明治時代末期と言われています。

それが大正時代になるとキリスト教会や日曜学校で徐々に広がっていき、1931年(昭和6年)に“大日本連合婦人会”が結成され、その際、当時の香淳皇后(こうじゅんこうごう)の地久節(皇后誕生日)となる3月6日を「母の日」にしました。しかし、この3月の「母の日」は中々世間には普及しなかったのです。

「母の日」を全国に広めたのがあの菓子メーカー

現在のような「母の日」を全国行事にしたのが“キョロちゃん”キャラでお馴染みの「チョコボール」やスナック「おっとと」を発売するあの「森永製菓」なのです。

Morinaga Digital Museumより

森永製菓は、1936年(昭和11年)に各団体に協力を呼びかけ、「母の日中央委員会」を設立。その翌年(昭和12年)に「母をたたえる歌」を募集し、「第1回 森永・母の日大会」を豊島園で盛大に開催しました。当時ポスターの貼ってある菓子店で招待券を配り、20万人ものおかあさんを無料で招待したそうです。現在に置き換えても凄い一大イベントですが、このイベントを毎年、全国の主要都市を舞台に開催していたそうです。途中戦争で中断されましたが1947年(昭和22年)に再開しています。

Morinaga Digital Museum)

これをきっかけに「母の日」が広く全国で認知されるようになりました。いまある「母の日」は森永製菓のおかげといって良いでしょう。

その後、日本でも広く認知された「母の日」は、1949年(昭和24年)ごろから、米国の「Mother`s Day」の例にならって5月の第2日曜日に行われるようになり、これがいまの一般的な「母の日」として定着したのです。

アンナの気持ちとは裏腹に日本でも商業化によって「母の日」が広がり、いまに至るようになりました。しかし、私は商業化によって広がった慣習であっっても、この「母の日」を祝うことに儀礼的なものは感じられません。祝う方のお母さんへの「いつも、ありがとう」という感謝の気持ちが込められており、数あるギフトイベントの中でも、とても素敵な慣習だと思います。

贈るカーネーションの色には気をつけ

なぜ当初の“白いカーネーション”が“赤いカーネーション”に変わったかというと・・・。

クリスチャンの間では、白いカーネーションは「十字架に架けられる前のキリストとマリア」をあらわし、赤いカーネーションは「十字架に架けられた後のキリストの赤い血」をあらわしていると言われており、白の方が健在をあらわしていそうですが、そこに「花言葉」がかかわってきます。

赤いカーネーションには「母への愛」「熱烈な愛」「愛を信じる」という、母の日にぴったりの花言葉があります。

一方の白いカーネーションにも「純潔の愛」「尊敬」「あなたへの愛情は生きている」といったこれまた母の日にぴったりの花言葉もあるのですが、アンナの影響か「亡き母を偲ぶ花」とも言われており、そのため、お母さんが「ご存命の場合は白いカーネーションを避けた方がいい」ということで赤いカーネーションを贈ることになったのです。

そんな訳で、皆さんも花を贈り物にするとき、花言葉には気をつけましょうね。

世界の「母の日」事情

現在世界の国の数は196カ国あり、その中で母の日(母親&女性も含む)を祝う国は、85カ国(Wikipedia)ありました。(海外の母の日を調べている方をみると、もう少し多いようです)その中から気になる国の母の日の由来や慣習を調べてみましたので母の日トリビアとしてご覧ください。

以下、21カ国です。

1.アメリカ 2.イギリス 3.フランス 4.ドイツ 5.スペイン 6.オーストリア 7.ロシア 8.フィンランド 9.ノルウェー 10.エジプト 11.トルコ 12.パラグアイ 13.ブラジル 14.キューバ 15.オーストラリア 16.タイ 17.インドネシア 18.中国 19.台湾 20.韓国 21.北朝鮮

1. アメリカ : 5月の第2日曜日

米国での母の日は基本的に、料理やその他の家事などの活動から母親に休んで貰うことでこの日を祝います。そして母親に花やグリーティングカードと共にプレゼントを贈ります。

そのプレゼントの内容もギフトカードをはじめ、ジュエリーや家電、パーソナルケア(マッサージ券など)といったものに年々広がりがみられますが、昨年はコロナ禍で、AlexaやGoogleホームデバイス、Facebookポータルなどで、母親とのコンタクトを簡単にできる“電子機器”のプレゼントやレストランの料理やスイーツのデリバリーをプレゼントする人も増加し、例年とは少し違った様子がみられました。また母親が家にいて簡単に使用できる本やガーデニング、家庭用品といったギフトアイテムを探した人も多かったようです。

さらに米国では、この母の日に配偶者にも感謝を祝う人が増えたそうです。(ここ日本と少し違いますね)

2.イギリス : 3月14日(2021年)

多くの国々では5月の第2日曜日が母の日ですが、こちらイギリスではキリスト教歴で四旬節の第4日曜日になり、呼び方も「Mothering Sunday(マザリング・サンデー)」になります。ですからイギリスの母の日は、どちらかというと宗教的なものからくるもので、日本や米国の習慣とも違ってきます。ただ最近、呼び名に関しては米国発祥の「Mother`s day」が定着しています。

また、この日に母親に贈る花は赤いカーネーションではなく、黄色の春の花「Daffodils(ラッパスイセン)」になります。子どもたちは教会でこの花を受け取り、お母さんにその花を贈るそうです。

英国で母の日に食べる「Simnel cake(シムネルケーキ)」

さらに中世ではこの日に母教会に供物を捧げた日でもり、伝統的なドライフルーツを使った “Simnel cake(シムネルケーキ)”をいまでも食べるそうです。

だから日本や米国の習慣と違って、大勢のイギリスの方が母親にプレゼントを贈るわけではありません。贈っても前出の花やグリーティングカードぐらいで、どちらかというと“母親にゆっくりしてもらう日”であって、これが日頃の感謝を伝える日と捉えている方が大勢になります。

※四旬節はその年によって移動するので、それに連動して母の日も毎年違います。

 

3.フランス : 5月30日(2021年/毎年5月の最終日曜日)

フランス語で母の日のことを「Fete des Meres」(フェット・デ・メール)と言い、直訳すると「お母さんたちのお祝いの日」になります。日にちも5月の最終の日曜に行われます。

フランスの母の日の由来は、第一次世界大戦(1914〜1918年)のときにフランスで戦っていた米国の兵士が「Mother`s day」の休日を普及させたと言われています。1918年、リヨンの町ではこの「Mother`s day/母の日」を祝いたかったのですが、フランス政府は元々出生率が低かったので「Journée Nationale Des Mères de familles nombreuses(大家族の母親の建国記念日)」としてこの日を制定しました。そうです“産めよ、増やせよ”の出生政策の一環となっていたのですよ。その後1950年に法律第一条でフランス人の母親に公式の敬意を払うことを要求し、第2条では5月の最後の日曜日に「Fêtedes Mères(母の日)」として祝うべきであるとなりいまに至っています。

フランスの母の日も母親にプレゼントする人は多いのですが、日本のように赤いカーネーションといったお決まりの定番は無く、母親が好きな花を選んでプレゼントしたり、他に母親が喜んでくれるモノをプレゼントします。

4.ドイツ : 5月の第2日曜日

ドイツでは母の日の歴史は古代ギリシャ神話にまでさかのぼりますが、いまのような母の日は、1923年に母の日を祝う慣習が米国から伝わってきたといわれています。この慣習を最初に本格的な活動として取り入れたのがドイツ・フラワーショップ・オーナー協会で、1922年から1923年にかけてフラワーショップのウインドーに「Muttertag(母を称える)」というポスターを掲げて、この日に花を贈る日として商業的な一大キャンペーンを打ち出しました。そのため、ドイツの母の日は国が制定したものではありませんが「Muttertag」(母の日)を祝う習慣は日本よりも早かったのです。

この母の日は、母親に感謝の電話をしたり、花束を贈ったり、ドイツではお馴染みのプレゼントとなるチョコレートや香水、旅行券などが人気のようです。ただし、基本は “母親の元を訪れて子供が母に手料理を振る舞う日”で、母親を囲んで家族で過ごします。日本では珍しくなりましたが、みんなで集まって、手料理のプレゼントってステキですね。

5.スペイン : 5月の第1日曜日

スペインは日本より1週早い「Dia de la Madre」(母の日)を祝う習慣があります。ちなみに1965年までは12月8日の冬に行っていました。

母親へのプレゼントは、花束(鉢植え含む)が一般的ですが、種類は決まっていません。(バラが多いようですがヒマワリ、チューリップなども人気)、他にアクセサリーや衣料、化粧品などもプレゼントに選ばれているようでが、近年、エステやスパの利用チケットやこれらのサービスが付いたホテル滞在のチケットも人気のプレゼントとして注目されています。

6.オーストリア : 5月の第2日曜日

オーストリアの母の日は日本と同じで、多くの子供たちが母親にプレゼントをします。

プレゼントの内容は、やはり一番多いのが花束(種類は決まっていませんが人気No.1はバラ)になります。それ以外ではスイーツや化粧品などになります。

この国でも、母親の元に子供たちが集まって食事をしたり、プレゼントのギフトチケットで食事を楽しんだり、母親を囲んで家族が集まり感謝を伝えるのが基本となっています。

7.ロシア : 11月の最終日曜日

ロシアの母の日は11月ですが、祝われるようになったのは比較的新しく1998年(エリツィン時代)だそうです。

この日は全土で母の日のイベントが開催され知名度も広がってはいるものの、母へ何かをプレゼントするといった慣習はないようです。ロシアの母の日の過ごし方は “母を囲んで家で食事を楽しみ、日頃の感謝を伝える“といったスタイルになるようです。またこの日に開催されるイベントが「母」に向けたものになるので、母親や家族で参加する人も多いようです。

8.フィンランド : 5月の第2日曜日

プレゼントフラワーの「Vuokko(ヴォッコ)」

こちらの母の日には、海外の贈り物の定番となるバラの花束(ミニバラ)を贈りますが、もっと素敵な母の日のプレゼントフラワーを望む人は「Vuokko(ヴォッコ)」という野に咲く花をプレゼントするそうです。またフィンランドのプレゼントにはグリーティングカードは欠かせないお国がらなのですが、母へのカードは手作りする人も少なくないようです。後、ゆっくりベッドにいる母親に、家族が朝食を作ってベッドまで母の日のプレゼントと一緒に運んで行く習慣があるそうです。

因みにフィンランドは、子ども支援の国際組織「セーブ・ザ・チルドレン」が2014年に発表した「母の日レポート」で「世界でもっともお母さんにやさしい国」に選ばれています。

ところで、フィンランドって結婚のお祝いにお金じゃなく、暮らしに役立つ雑貨をプレゼントする風習があります。だからステキな雑貨屋さんが多いのですよ。

9.ノルウェー : 2月の第2日曜日

ノルウェーの母の日は何で2月なの?と思いますね。実は1919年2月9日に宗教団体(たぶんプロテスタント系キリスト教)が最初に祝ったそうです。その後 “家族の日”となり、いまの母の日へとなりました。

この日、母親はベッドで朝食をとることがよくあります。(フィンランドと同じ)小売店では特別なペストリー(菓子パン/決まったものは無いようです)、花、その他のプレゼントが販売されるなど、徐々に主要な商業イベントになっていきました。また小学校では子供たちに、手作りのカードや贈り物を作るように勧めることがよくあるようです。どちらかというとあまりお金を掛けないで母親に奉仕したり、料理や手作りのプレゼントにする人が多いようですね。先のフィンランドと日にちは違いますが慣習はなんとなく似ています。

10.エジプト : 3月21日

日本だと春分の日にあたる3月21日に国民的なイベントとして母の日を祝います。宗教的なことや文化も欧米と異なるのに興味深いですね。

実は1943年にムスタファ・アミンが著書「Smiling America」で母の日を紹介しましたが、当時はまったく広がらなかったそうです。その後、未亡人の母親と息子の話(ここ長くなるので割愛ですが、お決まりの「親不孝者」の話みたいなもの)を聞き、アミンは再び「母の日」を広げる活動をしました。最初は大統領にも嘲笑されましたが、最終的に受け入れて1956年3月21日を「母の日」として最初に祝いました。

その後、このエジプトの母の日の慣習が他のアラブ諸国へと広がっていったそうです。アラブ諸国は明確に文化の違いがわかりますので、もしエジプトで母の日が行われなければ、このアラブ地域には母の日が無かったのかなぁなんて考えてしまいます。

この日の過ごし方は、街ではスカーフ(頭に巻くヒジャブ)が並び、これをプレゼントにする方やコップやお皿を贈る方も多いようですね。あとはパーティーをしたりと母親を囲んで皆さん楽しんでいるようです。

あっ、そうそう調べていてエジプトには古典的な母親を祝う歌があるそうです。

正直、私はエジプト=男性社会と思っていたので以外でした。

11.トルコ : 5月の第2日曜日

ここでは、年齢を問わずすべての女性に対して「母の日おめでとう」と声を掛けます。プレゼントは「白い花束」が定番でしたが、最近では誕生日のように花の色も関係なく母親が好む花を選んだりするようです。また本人が喜びそうなアクセサリーや衣類(ヒジャブ含む)などをプレゼントしています。

12.パラグアイ : 5月15日

この国の母の日は5月15日ですが「ディア・デ・ラ・パトリア」(独立記念日)を祝う日でもあり、この日を母なる日にちなんで母の日と決まりました。面白いのが、パラグアイではこの独立記念を祝うよりも母の日を祝う人が遙かに多く、人気のイベントなのです。その様子を2008年の文化大臣ブルーノバリオスも嘆いていたそうです。その結果、大臣は祝賀会を月末に移すように要求しました。それほど母の日は人気があるのです。「母強し」です。

13.ブラジル : 5月の第二日曜日

ここブラジルでは、日本と同じ日に母の日を祝います。母親へのプレゼントも花(種類は決まっていません)や母親が喜びそうなモノを贈ったり、家族で食事に出掛けたりします。(海外では一般的ですね)ただ、少し変わったところをあげるなら、自分の母親でなくとも他の母親に「お母さん、おめでとう」と声を掛けます。(声がけはトルコと似てますね)皆さんがお母さんに感謝!感謝!なのですね。「挨拶、声掛け」って、なんだかいい習慣ですね。

14.キューバ : 5月の第2日曜

社会主義国のこの国にも母の日はあったのですね。

母の日のプレゼントに花を買うキューバの男性

歴史家によると、その発祥は1920年になります。それはハバナの南に位置する町、サンティアゴデラスベガスにはじまり、母の日が最初に祝われたのは1920年5月の第2日曜日でした。そしてこの年の5月9日に新聞「El Mundo」にジャーナリストのビクトル・ムニョスが「私の白いカーネーション」というタイトルの年代記を掲載しました。その中に「今日は5月の第2日曜日であり、アメリカ人が母の日として奉献している、これを多くのキューバ人が同じ目的で行いたいと考えている」ということを掲載したのが切っ掛けで広がっていきました。そして翌年の4月22日、ムニョスがハバナ市議会の評議員を務めたとき、彼はキューバの首都全体で行える娯楽として提案し、なんとか母の日がはじまりました。さらに1928年にリオ上院議員の提案で、衆議院は国内法として5月の第2日曜日を公式な母の日に制定しました。

プレゼントは花が一番多く、種類に決まりもなくアレンジも多いようです。

キューバ革命後、社会主義国で宗教的なものや政治にかかわることは禁止されていたでしょうから、特にアメリカの慣習「母の日」をそのまま取り入れることは難しかったでしょう。そこで “母親を祝う”と“休日=娯楽”という結びつけて、この母の日ができた様子がうかがえます。

政治や文化、宗教の違いはあっても母親に感謝する気持ちは世界共通なのですね。

15.オーストラリア : 5月の第二日曜日

オーストラリアの母の日は日本と同じく5月の第2日曜日になりますが、南半球にあるこの地では秋ごろになります。

母の日は1910年に初めて教会の礼拝として祝いましたが、1920年代まで一般的には広がることはなかったようです。そして母の日に贈り物をする習慣は1924年にジャネット・ヘイデンというひとりの女性によってはじまりました。彼女は、第二次世界大戦中に夫と息子を失ったニューイントン病院の孤独な老母へ、慈善の贈り物を集めたことが切っ掛けとなりました。この活動が徐々に広がり、いまではそのプレゼントの習慣は商業化され一般化されています。

母の日にフラワーショップの店頭に並ぶ菊科の「クリサンセマム」

プレゼントは、花束や他の国同様に母親が喜ぶもの。しかし、大きく違うのがその花で、カーネーションは春に咲く花で、ここは北半球とは真逆の南半球だから菊の花を贈ります。日本だと菊の花は仏花をイメージしますが日本で言うと “ノジギク”というそうでマーガレットのような花です。ここではこの季節に咲く花で、この菊の花のことを“chrysanthemum/クリサンセマム”といい最後の3文字の“mum/マム=お母さん”となるので、オーストラリアでは伝統的な“母の花”となり母親へ贈ります。

16.タイ : 8月12日

この国は他とは違っていて、シリキット国王妃の誕生日である8月12日が母の日になるのです。ってことは、父の日はプミポン国王の誕生日である12月5日になるのですよ。(タイは、ほぼ全国民が仏教徒で、社会も仏教が基盤となっているの王国なのでこの日になってしまうのかなぁ)
そして興味深いのが、王妃の誕生した日が金曜日で、金曜日の色は「水色」(タイでは曜日ごとに色が決まっていて、それがラッキーカラーになるのです)であることから、街には王妃の写真と水色の旗が掲げられ、水色の服を着て全国民で祝います。だから街は水色の人で溢れ凄いことになるそうです。(ちょっと信じがたい光景を想像してしまいます。)

王妃の誕生日を祝う集まりだからか確かに「水色」が多いですね

街では、まず王妃の誕生日を祝うのですが、自分の母親へのお祝いもします。タイの母の日に贈る花は、ジャスミンになります。この日、百貨店では様々な母の日ギフトも並びます。またレストランへ食事に行くことも多いようです。あと日本では子供がお母さんに「肩もみ」してあげることがありますが、ここタイでは親孝行として、汚いとされている足をやさしく洗ってあげたりもするそうです。一番疲れもたまるところだからお母さんも嬉しいでしょうね。

17.インドネシア : 12月22日

この国の母の日は全土で祝います。しかし由来が母の日ではないのですよ。それは1928年12月22日、ジョクジャカルタで第1回インドネシア婦人会議が開催され、スカルノ大統領により公式の祝日となりました。このインドネシア婦人会議はもともと、インドネシアの女性の精神を祝い、国の状態を改善することを目的としていました。すなわち「社会への女性地位向上の日」といった日ですね。

これが今日、その意味が変わって、母親への愛と感謝の気持ちをあらわす日に変わったのです。やはり大半がイスラム教徒ですから母親への敬意を重んじますから、自然と母の日に感謝する日になったのでしょうね。

この日は、母親への贈り物(花など)を贈り、料理やkebaya(ケバヤ/衣服)を着用したサプライズパーティーやコンテストが開催されたりするそうです。また、この日は母親が家事から1日休むことを認めています。(この「認める」って表現、お母さんからするとカチンときそうですね)

因みにスカルノ大統領の確か第三婦人はあのデヴィ夫人です。説明することもないですかーっ。

18.中国 : 5月の第二日曜日

多くの国が米国からはじまった「母の日」の影響を受けていますが、中国でも最近、若者が他国の影響を受けて「母の日」がかなり定着しています。よく言われているのが、台湾から伝わってきた慣習になるそうです。

母親へのプレゼントは、“赤いカーネーション”が一番人気ですが、他にピンク、白と様々で他の花とアレンジした物も人気があるようです。またこの日は離れて暮らす母親に電話を掛けたり、母親と一緒に食事に出掛けたりします。さらに店頭やネットで「母の日セール」や「母の日限定」といった特売企画が展開されます。(やはり商業化されて、日本の母の日に似ていますね)

19.台湾 : 5月の第二日曜日

さて、前出の中国に影響をあたえたと言われる台湾の母の日は、日本と同じ日になります。しかし他の国と少し違うのが、ここ台湾での母の日はクリスマスよりも盛り上がる一大イベントの日になります。毎年8割近い人がお祝いをするそうです。元々、仏教や道教などの宗教の影響が強いからか、親を非常に大切にする「孝順」(親に孝行でその意に従順であること)の文化が根付いて、日本よりも家族との結び付きは強いのです。

由来については明確なものがなく、やはり海外から入ってきた慣習ではないかと言われていますが、1999年に台湾政府は5月の第2日曜日を仏陀の誕生日として設立したため、同じ日に祝われることになったそうです。(こちら台湾は、「仏陀=すべての母」ってイメージになるのですかね)

この日は、日本と同じように花はカーネーションを贈るそうです。でも一番人気のお祝いは、母親を囲んでレストランでの食事、そこでプレゼントを渡すスタイルだそうです。プレゼントは、化粧品や衣類もありますが、少し味気ないですがギフトカード(金券)が人気のようです。たしかに母親が自分の好きなものを買えて現実的なプレゼントでいいかも。でも母親は、グリーティングカードに書かれた子供からのお祝いのメッセージが一番嬉しいようです。

20.韓国 : 5月8日(父母の日/両親の日)

他の国のように母の日という日ではなく、5月8日が両親に感謝する日と制定されているのが韓国の特徴で、世界的にみても珍しいといえます。

少し調べてみたら、実は1956年から1972年までの間、韓国にも「母の日(オモニナル)」があったのです。そうしたら1973年、「父の日もあってしかるべきだ!」という声が高まり、政府は各種記念日などに関する規定(大統領令6615号)により、「母の日」を「父母の日」に改称しました。以来、親を敬う日となっています。

またこの5月8日になった由来は、キリスト教の四旬節(復活祭の46日前から始まる準備期間)初日から第4週目となる日曜日に両親の魂に感謝するため教会を訪れる、英国・ギリシャの風習に倣ったものだそうです。すこし意外な事実ですね。

プレゼントで贈る花はカーネーションで日本と同じです。そして家族で集まって外食をしたりして過ごすのが一般的。また記念日にホールケーキを囲む習慣があり、パン屋の店頭には「父母の日ケーキ」が並ぶことがあります。

両親へのプレゼントにこんなものまで・・・ケーキに見立てた「現金ケーキ」

プレゼントは、メッセージカードとともに化粧品や健康食品など、父母を気遣ったものを贈るそうですが、親子間でもお小遣い(現金)やギフトカード(金券)を贈るのは当たり前。(台湾と似ていますね)ただ、この5月は出費が多い月になるので、これを負担に感じる若者も少なくないようです。そりゃ、品物だと金額がわからないものもありますが、現金を贈るのですから大変ですね。それも両親に。

 

 

最後に・・・気になっていた国

21.北朝鮮 : 11月16日

この国での「母の日」は、国民の祝日として祝います。

それは1961年に開催された第1回全国母親会議で、指導者である金日成が「子どもの教育における母親の義務」を発表したことから“母親”の存在は重要視されていました。そして日付の制定については、最高人民会議の幹部会によって2012年5月に母の日に指定され祝日となりましたが、さらに2015年から北朝鮮の暦として制定されています。

この日は、母の日を祝う看板が街頭に掲げられ、市民は母親に贈る花を買い求めます。また、朝鮮労働党機関紙の労働新聞では同日に「母親は子を沢山産んで社会主義強国の未来を担う立派な人材に育てるべきだ」と呼び掛ける社説を掲載したり、故金正日総書記の母でもある故金正淑氏を「朝鮮の偉大な母」と讃える記事を掲載するなどしてメディアをあげて祝うそうです。

花を購入した人の中には、市中心部の「万寿台の丘」にある金主席と金総書記の銅像に献花する市民も多く訪れるそうです。お国がらがあらわれているようですね。

 

国によって違いはありますが、85カ国でお祝いされる母の日は5月の第2日曜日が、日本、米国をはじめ31カ国で一番多いのですが、この5月は他にも、第一日曜や 8日、10日、15日、26日に30日、また5月最後の日曜日と毎週どこかの国で母の日を祝っています。

年間を通してみてみると、年明け2月の第2日曜のノルウェーやユダヤ歴(Shevat 30日/2月)のイスラエルにはじまり、3月、4月、8月、10月の第3日曜日のアルゼンチン、11月の北朝鮮、ロシア、そして年末の12月22日にインドネシアと、国により日付はバラバラですが世界中で“母の日”を祝っています。

国によって、文化や宗教観、政治的な背景などの違いはあれど、皆さん母親に感謝する気持ちは世界共通なのです。

また日本をはじめ、幾多の国は商業化によって広く浸透し、定着した「母の日」で、アンナは悲しんでいるかもしれませんが、これもまたその国が “平和”あるからこそ、長く継続されるホリデーイベントではないでしょうか。「母への感謝」と共に「平和な社会への感謝」も忘れずに5月9日を迎えましょう。

 

ではまた次回のギフトの知識をお楽しみに。

長文ながら、最後までご高覧いただきありがとうございました。